どんぶり勘定の50代主婦の日々

気ままに綴ります、おばさんライフ

ドライブとはご縁がない

駅から近いので車は持っていません。
田舎育ちなので、幼いころから車に馴染んでましたので、無いととても悲しい。家に軽トラとスバルとかだったかな?
てんとう虫  大きめのワゴン車になったこともあるし、要は足そのもの
でも無いことに慣れなければ、都会ではマンションすら買えない、と持たないことを選びました。でも子供たちには不便をかけたかな
事故の可能性もあるし、維持費がかかるので、無い方が安心感はありますけど、ふらっと出かけて30分でも走れば気分転換出来ちゃう、という楽しみが皆無だったことが口惜しい。でも一馬力、裸一貫の男の家族は
ないない尽くしに耐えねば子供を学校にやることは不可能
前にも書きましたが、食べるのと教育は待ったなしを持論に、食べることは節約せず、お稽古も数個やらせて育てました。
結果は・・・・・
背負うた子に泣かされることも、ある、のです。

やだわ、私がドライブにふらぁ~っと行くかのような書きぶりですね。
家族で私だけ免許がありません。ボンビー学生のままボンビーOLやってそのまま免許を取り損ねました。
夫も地元学生が当時、フェアレディZくらいは乗ってたのを横目にボンビーボーイをやってたので、免許はとったものの、車体とはご縁が無いわ

しかしペーーーーーーーーーーーパーーーーーーーー歴 長すぎるわ
あと何回書き換えて人生を終わるのでしょうねーーー

昔、娘が中学の時、塾の帰り時間に凄い雷雨になって、夫が出番だとばかり、きりりと迎えに行ったのね。
チャリで
物凄い稲光と豪雨の中、何をしたかというと、自転車で並走して帰ってきただけ

お迎えになってないーーーー (´;ω;`)ウッ





スポンサーサイト

PageTop

日帰り帰省

朝一番で出かけた。
行楽に向かう華やいだ人たちの中、カラスの軍団のような4人  法事だから仕方ないけど
新幹線は座れたのはラッキー
でも皆バラバラに散らばる変な一家

子供たちが年に数回過ごした実家も寄れず(入れない)、菩提寺で法事を行った。
亡父はお婿さんで、来てくれてる親族と言うのは父の血縁ではなく、亡き母の親族
その母も、家を存続させるための養女で一人娘 ただし、養父が、実父の腹違いの兄(伯父)だったというややこしさ

もう自分でもわかんなーい

とにかく両親は親と縁の薄い、寂しい育ちをしたことは確か
両親とも母親を二歳前に亡くしていて、記憶にない。
当然私も本物のお婆ちゃんを知らない。

その上、私のきょうだいは皆、子供が居ない。
だから世の中の基準から言うと、こんなに簡素で寂しい法事は無いかもしれない。
普通は、きょうだいに、イトコに、甥に、姪に、孫にと、うじゃうじゃいるものでしょう?

どの家とも薄い親戚づきあいで、昔からどういう繋がりか分からなかったのだが
ある家では、うちを本家とずっと呼んでいたのが判明した。 いつの時代の本家なんだろうと言えるくらいお互いに説明出来ない関係

その家からは、法事要員のおじさんが亡き後は、そこの息子のお嫁さんが来てくれていたが、今回は単身赴任中の息子さんが帰省中で、初めて来てくれていた。
私と小中高の同級生だ。
下宿して、息子(がかつて通っていた)と同じ大学で学んだ。

当然、卒業している。
同窓会以来、随分久しぶりに会ったのだけど、我が家の恥部を知られるのが本当に嫌だった。
子供が居ることは知ってただろうが、初めて見る一家まるごと

働いてる風でも無い息子に、本来なら嫁に行ってるであろう年頃の、覇気のない娘 そして夫(男選びの目を問われそう)

言わねば分からないのに、負の先制パンチを食らわせて自虐的にふるまうのが私の常で
酒席で暴露
やっぱり返ってきた言葉は、周りには中退者は居なかったと、不思議なものでもみるような目をされて終了
これから大変だなと同情はされた。

事情を当然知っているきょうだいは、しかしどこも変なところが見当たらないと言う。
どちらも普通に見えると言うのだ。
おかしくないのに、なんで仕事を探さないのか?

知らないよ、なんでだか
こっちこそ教えて欲しい。

外向きの顔は別にあるのか
二人の、家でのむき出しの姿に翻弄されて、疲れているなら、親と言うものは、子供にとってのサンドバックか
きっとそうなんだろうな…

それが親というものだろう

PageTop

自分のブログに入れなかった

サイトの具合が悪かったのか、自分のブログに入れなかった。

だから放置して、新幹線に乗って、娘と墓探し第二回目の旅に出発した。
私の実家に婿養子に来た父の、母親と父親(私にとっては祖父母)のお墓は10代の終わりか20代初め頃?に
車で父母に連れられて行ったきりで、はっきりとした場所は覚えてなかった。
事情があり、父母の死後、場所を聞ける人も居なくなり、お墓が行方不明になったきりだった。
大昔の写真の映像から検証して、あのへんだと目星をつけて、娘と探したのが去年の真夏

タクシーを乗り継ぎながら、やみくもに探したのだけど、田舎は丘と言う丘は全部お墓だから、行けども行けどもで、
あやうく熱中症になりかけて、今度は涼しい時にしようと決めていた。

今度は、父の本籍地の住所まで携えて、大昔の、皆鬼籍に入った人たちばかりの墓参り風景の写真の拡大までして臨んだ。

結論から言うと、奇跡的に見つかった。
何カ所も前回墓地を回っていたので、今回は写真で検証して絞り込んでいたので、タクシーの運転手さんに帰りも捕まえるため
電話番号を貰っていたら、なんとお暇だったのか、一緒に探してくれたのでした。
その方が、父の旧姓の苗字はこのへんとても多いけど、僕の同級生にその苗字がいますよ、と
地元の利を生かして、その父と同じ苗字の家の庭にタクシーで乗り付けた。
分家して以降の家系図を持っていた私たち
なんとその家こそ、本家だった。
お互いにびっくり
お墓に案内された。 なんと、以前、上りかけた坂の先だった。

ママーーーー!あったーーーー!
あった、〇〇家代々の墓が。 私の祖父母の名前も彫ってある。 祖母(父の母)の没年齢が24歳なのが痛々しい。
しかしその一角が〇○家のがずらり もう彫ってある字も読めないものも多い。

先祖のお導きかと思うほどの出会いというか展開
ここ10年ほど気になっていたことが、とうとう解決したので大きな宿題を終えた気分。

ほっとしてタクシーで30分ほど走り、無人の実家前を通り、お墓参りをして帰途についたが、
帰りの新幹線は座れた。

お留守番の夫と息子
夫は放置している。 息子は私たちが出かけたことも知らなかったようだし、知っていたとしても、それはあの子に
何の関係もない。
ゲームをしてるだけ  気になるのはPCが無事繋がるかどうかだけ

今日もいつ起きたのか、焼きうどんを食べさせたら、もう寝ていた。
日にも当たらない、走ることもしない、とても無口になった息子の顔が青白い。
こんなに顔が細かったかな…

一進一退を繰り返していた頃より、、もう別の域に行ってしまったのではないかと感じる。
違う世界に

PageTop

私は寝ていた

昨日は地元にいるきょうだいから電話あり
今後の永代供養に関してとか(私以外に子供がいない)、今、畑にして税金を安くしてる土地の雑草を
シルバー人材センターに頼んで草取りしてもらうのに維持費がかかるから、処分したい。自分も年をとる一方だと
そこの周辺は全て住宅地に変わってるから、不動産やから話がある。
実家の解体費用とかを残しても、きょうだいで分けるとこれくらいになる、など

で、また話が戻り、永代供養の件、もう一人のきょうだいがやってくれると言ったじゃないか
とブツブツ
70歳前で携帯メールがどうやって使えるか分から無くなったとかで電話攻勢だ。
で、もう一人のきょうだいにメールでその旨連絡すると
地元じゃないのに出来るわけない。離れて50年近くなってる 地元の人がやってくれないと
これから仕事だからあとにして

で、また自分が間に挟まって連絡すると、
どうしてか?以前言ったじゃないか、こちらの婚家の守りもあるのに実家の墓の今後の処理を自分だけが?

昔から血の気の多い人で、一緒に旅行するのもごめんな人で、そういう不仲なきょうだいの電話で疲れ切ってしまった。
そして、水回りをリフォームすればまだまだ住める、親の建てた和風建築物を解体、などと、なんとも憂鬱な話をふられ
参ってしまった。 でももう誰も住まないし、管理もできないから仕方ないのだけど。
そして晩御飯も手をかけたら、今日は全く起きれなかった。
誰かが声を掛けたのは覚えてる

起きると誰もいなかった。あちゃーーーー

息子はちゃんと行ったんだ。良かった。

住宅街のど真ん中にある実家の畑がもし売れたら
結婚生活で一度くらいは車を持ってみたい。(自分は免許がない)
数年だけでも持ったら気が済むだろう。 
夫は反対するだろうけど
よりによって反射神経も悪くなってきたころだし、駐車場料金や保険やその他の維持費が大変だから


いやいや・・・・・・・・
不肖の息子のいる身
一円でも多く残してやるのが親の務めかと思ったり

悩ましい

というか
まだ売れてないっての(○´・Д・`)ノ

PageTop

ベランダから見えるのは

高速道路に、工場に、ぎっしりみっちり建てられた一戸建て群に、マンション群、病院に、スーパーに

あ~つまんない。

田舎の春の野山も田んぼも小川も素敵なのよ~
春の匂いがするの、土から もう むわんむわんって感じで立ち上って来るの
レンゲ畑は遠くから見るとピンクの絨毯よ~
裏山にはヒメジョオンやムラサキつゆ草や、ヨモギやつくしやタンポポ ねこじゃらしに、秋は彼岸花
少し奥に行けばスカンポだって生えてるし
川にアメンボだってすいすい
梅雨に入ったら一斉に田に水が入るのよ~
神社は遊び場よ
4月にはお寺で花まつり 地蔵盆に、秋祭りに、なかなかどうしてイベントが多いわ
なんか季節がバラバラ?
火の見櫓があるのよ田舎って。半鐘が鳴ると大変なことなのよ

たまにこんな箱の中で一生を終えるのかと思うと、暗然たる気持ちになることがある。
そう、落ち込んだ時とかね

普段は冬は暖かいし虫も居ないし~
と思ってるのに、DNAに組み込まれた田舎遺伝子が暴れ出すの
季節の香りが欲しい~って

所詮、田舎のネズミ
都会のネズミにはなり切れませんね
小三の時かな、都会の遠縁の家に二週間だけ行った。同じ年頃の子どもがいたので遊んだけど
あっという間に退屈したわ。 苔の生えた市営プール、四角四面な道路 排気ガスの匂い
ただ騒々しくてきらびやかなだけの盆踊り大会 廃タイヤが置いてあって、そこで飛びはねる遊び
神社の大木のツルにぶら下がってターザンごっこできる田舎もんで良かったと思ったよ、子供ながら

無人の実家の処分がどうのこうのと言ってるのに
なかなか人生は難しい

PageTop

お雛様は奥に

また今年も出さなかった。
と言うか、娘の初節句の時と、幼い時に数回出しただけ
その初節句の時が思いだしても超悲惨で、狭い狭い賃貸アパートに、実家の親からフルセットが送られて来た。
きゃあぁぁああ~どこに仕舞うのよ~というレベル Σ(゚д゚|||)
気持ちが有りがたいから、一度は出した。幼い子をあやしながら。
なんと一部屋の4分の3が埋まってしまった上、娘は大風邪をひいてて、夫も風邪で倒れ、
布団とお雛様が同居し、まともに歩けず、その上そこはベランダに通じてる部屋で、邪魔で洗濯物を干すのにも一苦労した
初節句の思い出

その後こちらに越してきても、出すのが面倒で、一回だけフルで飾ったのは娘が幼稚園の頃だったか
あとは玄関にお内裏様とお雛様のみ
その後、げた箱が買い替えられ、載せるスペースが無くなっておしまい。

そのまま娘の部屋のクローゼットの奥に押しやられたまま、出そうともしなかった。
飾るスペースもない。

いや、出したら再び箱に上手く入れられないのぉ~(本音)

思いだせば、実家の古い方の家の時、幼いながら薄暗いお座敷の雛飾りが怖くて怖くて
それに、寝かせてある市松人形?の白い肌がぼうっと明るく見えて、嬉しいより怖かったのをうっすら覚えてる。
それらはその建物の屋根裏部屋みたいなところに保管してたようだけど
敷地内にあるその古い家を、中身ごと潰してしまったのが20年ほど前
あまり興味もなかったのに、いざ例の物がゴミと共に運ばれたのかと思うと、急に惜しくなるのは女だからか

どっちにしろ、どららも結局ぞんざいに扱われちゃって、お雛様も可哀想~
文化を大事に継承していくような家にしたかったんだけどな、実践はムズカシイね

さて、娘の縁遠いのはお雛様の恨みではないだろうね・・・・
○| ̄|_


PageTop

方向音痴なのか

記憶力が薄れたのか
どっちもだろうね。

きょうだいと遠くの墓参りに日帰りで行った。
朝早く出たのに、連絡が悪く、かなり時間のロスをしてしまった。

9月に娘と父方の祖父母のお墓を探し当てたぞーと言ったら、きょうだいが行きたがったので
「ご」案内するつもりだった。 
当時一緒に探してくれた、運転手さんの電話番号もメモっていたし、何かあれば助けにきてくれると
かなりイージーモード
実際は、電話すると、今日は休んでいる。今 畑から帰って来たところとか

えーー困ったな。と思いながら突然電話したことをお詫びしてそこは切った。
さて、新しいタクシーを捕まえて、まずはこの前家の前を通りすぎるだけだった分家 つまり父の祖父母のルーツのそこに
行ってみることにし、お土産を持ってピンポンするつもりで、運ちゃんにも途中で降ろしてもらうところありと伝えてた。

なんということでしょう。
ちょうど分家の方が出かけるところに出くわし、お話したが、その同じ年頃の男性の顔を見て驚く。

同じ系統の顔  それも亡父に似てる
ぎょっとした。
ひいひいひい?爺さんとか、それほどさかのぼるはずなのに、とても他人とは思えない顔立ち
比べるのもおこがましいが、徳川家がいつまでたっても同じ系統のお顔なところとか
ハプスブルグ家が、ずっと受け口だったように、父方のは鼻にある特徴があった。
父に一番似てると言われてた自分にもある。 すまして見えたりで、いやな特徴だけど

本当に驚き
錦織圭が、最近、渡哲也によく似てきたのも血縁だからでしょうから、血縁って薄くても特徴が出ることを知ったわ。

その後、本家にも行ってみたがお留守で、運ちゃんにはそのままお墓に連れて行って貰うことに

どの辺ですか?
と問われ、はたと動きが止まった。
あんなに目に焼き付けたはずが、どの道を行くか分から無くなっていた。
携帯に撮ってた画像も、どの辺のものか分から無い。

結論から言うと、やっと見つかった。
バカだー私って 方向音痴?
この前運んでくれた方に再度電話して、今乗せてもらってるタクシーの運転手さんに説明してもらうという手を取った。
はい・・・・・と受話器を手に何度も頷いて話していた運転手さん

分かりました。
と違う道を行くと、見覚えのある道が・・・・・

たった半年前のことを忘れていた私 
大丈夫じゃないみたい。
無事お墓参りを済ませて、実家に再びタクシーで行き、この二年で初めて家に入った。

恐ろしい
廃墟だ。人が住まないとあれほど荒れるのか
当然ゴミも家財道具もそのまま 片付ける人も無く、大きな宿題を残したままだ。


そのまま実家のお墓参りをして帰宅したが、移動するって疲れる。年をとってからはもっと疲れる。
階段やエスカレーター 移動 荷物を持って人の波をかきわけて
なんだか色々なものが億劫になって来た。

なんだかだらだらと内容のないことを・・・・・・・
いつもです。

PageTop

来月は移動

一家四人で法事に行かねばならない。 
きょうだいが仕切ってくれてるから、そこは感謝しているけれど
お金が大変で、年寄りの家計は冠婚葬祭費が圧迫してるという集計も納得できる。

お供えに交通費にお料理代に
一家四人で行くと、エアコン?いやPC?はゆうに買える。

しかし、義実家(賃貸)に行くとするなら、ただ行くだけでもっとかかることを思いだした。
こういう出費で日本中の人が、暗い顔して移動中かしら?

やだ、うちだけかしら?

とにかく義実家で何かあると、ひと財産ふっとぶのは必至
大金はたいて、いびられに行くのはもうごめん 若奥様の時はしおらしく、いびりの洗礼を、嫁としては当然と受けたけど
もうおばさんになってからはもう耐えられない。 年を取ってからの方が耐性が無いらしい。
もうずっと行ってないから余計にダメになってる。身体が受け付けない。

また不安になった。
傍若無人なバアサンまっしぐら


今日はなぜか落ち込んだのは、息子が自堕落な日々を送ってるからだけじゃない。



今日ネットを徘徊してて。
人気ブロガーさんがつらい境遇にいるのに、庭では花を育て、猫を飼ってること
理想の暮らし
それがあれば、今の苦しさも軽減されるのに、と思ってしまう。

癒しすらない生活に疲れてるんだ。

PageTop

親のオムツ

娘には言ってある。
あなたは親の便を見ないで済むことは無いと思うと。残念だけど
どこかに預けても、それまでに数度はかならず遭遇するからと

自分でも自信がない。ぼけて畳に刷り込むかもしれないし

子供なら良い。這えば立て、立てば歩め・・・・だが、老人はその逆を行く。
歩いていたものが、つえを必要とし、つぎはハイハイ 最後は寝たきり
6年で見た地獄は忘れられないし、遠くにいることでもどかしさを感じたものだ。

悲惨な思い出を
これを言うと、自分の50代はかなり悲惨

実家そばにいたきょうだいが、ほとんど何もしなかったことで、残りのきょうだいが出来る限り遠くから参戦したが
オムツになった親が、介護は呼ぶな、他人は家にいれるなと叫ぶ地獄
とうとう地域総括センターに助けを求めたのは、遠くにいる自分だった。

まだオムツになる前、ゴミ屋敷となった家を掃除し、(ウジとの遭遇ばかり)
入浴出来ない男親をよろよろしながら支えて入れて、
布団干し、失敗した便付きの服をシーツを毛布を洗い、三度食べさせて、などをしてるとき
きょうだい夫婦がやってきて、(私が掃除したからやっ玄関に上がれる状態)
こうやって強引に帰ってきて、強引になんでもやるから、うちが何もしてないように見えるじゃないか
と言われた。

強引を二回言ったぞ?ブチッ
亡父にそれを言われたというと、あちらは何もしてないと言ってたぞ
?親は頭が皮膚病にかかってた。不潔でいたからだ。 持田製薬の高いシャンプーでなんとか治した。
私たちが自分ちを数日放置して帰って重労働してるのは、見るに見かねてだったからだ
息子が大学入試直前の一月あたりから帰るようになったのは、あのままだと親は殺されてしまうと思ったからだ。

遠距離介護6年のうち最後の一年は、仕事をしてる娘を、土日一緒に行かせて手伝わせるということもあった。年頃の娘を労働させた。 
一人では太刀打ちできなくなってきたから
玄関先には、きょうだいが買ってきたと思われるすきやの持ち帰り弁当が二個重ねてあって、
真夏なので、糸を引いてたのを見て泣いた娘
土日は来ないので、きょうだいが二日分を置いて行ってたのだ。それがハイハイがやっとの老人の食事

その後、縁が切れたに見えたが葬儀あたりでまた修復した。
そして、今度は、実家そばにいるのに、ゴミ捨てもその後の何もかもを放置
なので今は廃墟状態
菩提寺に言われたからと、土地を自分が8割を相続したから、と実印をつくようにと書類を送ってきた。
文句を言うと、なら自分が全部しろ!、法事も、墓掃除も、何もかも、自分は抜ける
そういわれれば遠くに住む身は黙るしかない。

子供のいない夫婦だから、8割相続したということは、自分が先に死ねば、配偶者の甥とめいに行くのを知ってますか?

そばにいる身と、遠くにいる身
立場が違えばどちらも言い分があるだろう。

遠くにいるのに口を出すなと

近くにいることで、今まで恩恵を被ることが多かったはずと言えば
激昂されたこともある。
話し合いにならない。会話にならない。

法事が憂鬱だ。

PageTop

田舎の噂

法事日帰りしたとき、面白い噂を聞いた。
法事の場所は菩提寺 その後、割烹に移動したから、実家近くに全く寄らずに帰ったので
見てないのだが、いつも通り道にあったお家の老人が亡くなって、今は更地になってるらしい。

へーー、塀に囲まれて中が見えなかったけど、いつも煙が上ってたボロ家ね。
いまどき薪を使ってるなんてね、と思ってた。

そこには80代の爺さんがいたらしい。数日煙も立たないから、近所の人が連れ立って踏み込んだらしい。
すると、亡くなっていたのだけど、なんと、現ナマが一億円あったそうな
見つけたのも近所の人らしい。

預けずに、現ナマ??
瞬く間に噂が広がってしまったのは、異様な話だからだろう。

いつも実家行きの時に通っていたので、あの家に一億?と驚く娘に、
当時はほら、高金利だから昔の人は増やせたのよ~と娘に言いながら、
いや、この方は預けてない、と気づいた。
どういう人生だったのかは知らないが、これくらいあるのが普通なのかな?
使わないで亡くなるなんて、可哀想 せめて5千万でも使ったらよかったのに、と下世話乍ら考えた。

その家には嫁いだお嬢さんが二人いたそうで、
私より年上か年下か、全く接点のない学年だったのだろうけど、
いいな~ 一人5千万か~
つい指をくわえてしまった田舎の噂話でした。

PageTop

動きのない

全く家に風が流れない、動きのない日々だ。

息子にバイトがある日もない日も、お昼を作って食べさせる。98%家にいる。
外食もしない。昼も夜も
車もないからアウトドアもなし、気ままなドライブもない。
目的があって電車移動するだけ 
然の産物や、出会いや景色が皆無
ペットも禁止で、無機質
鉄筋コンクリートの箱の中で一日

自然を眺めようにも、外は高速道路に、マンション群に、詰んだ家々

人の動きもない。
子供と付き合ってる人の出入りもないし、いや付き合ってないって その前に。
華やいだ行事も皆無
本来あるべきものがない。
一家四人が再び集結して、ちんまりと暮らしてるだけ
ごめんよ、子供ら
風遠しの悪い家で育てたかもね

最近は、娘の一人暮らし時代の荷物の残骸がトランクルームにあって、それを毎週持ち帰ってる。
どんどん細々したものも増えてきて、これ使う?あれあげる、と言うので引き取ってやっている。
なのに、ママ、家が散らかってると言うのはあまりにヒドイ仕打ち

しかし遠距離介護時代、とてもとても辛かったし、汚くて気分が悪かったし、体力気力の限界を感じたものだけど
ほっとした時もあるのね

まず鉄の扉でなく、人の出入りがあったこと 家の中を風が流れてた。
ペットがいたこと
庭の草花を眺めたり、空を眺めたり、
だから、つらいつらいと言いながらリフレッシュしていた6年間だったかも、と今思う
自分の生まれ育った実家だものね。

ところで、跡継ぎのいない実家を誰が片付けるのか、今は実行出来てないし放置してるが
墓じまいには100万くらいかかるとか、先日の法事で住職が言っていた。
家の解体、不用品の撤去などにも大金がかかるだろう。 まだ住めるのに
何かをしまうのに数百万かかるのに、
一方では、こちらは自分が入る墓を一から買わねばならない理不尽

え?今皆が病気もせずに暮らせているし、ご飯がとぎれず食べられているだけで十分じゃないかって?
そういう声がしました。
その通りです。
しかしです、つまんないです。

しゃれた店でお茶を飲むより、屋根をたたく雨音を一日聴き、野の花を眺め、てんとう虫を、アマガエルを指でつつき、
蟻の行列にエサを投下する方が幸せな女です。どれも欲してても出来ない

こんなに何も動きも無くて、風も吹き抜けないようなブログにようこそ、です。

でも、風が吹き渡るよう努力をしなければならない、と思います。
頑張りますわ

PageTop

不思議だと思い込む話1

テレパシーとか予知能力とか憧れますよね。

きょうだいは小学生の時に、山の稜線をすれすれにぴゅーーんっと横切るオレンジの物体を見た人とか
子供時代に、隣家の庭にあった松の木のてっぺんに、火の玉がふわふわしてたのを見た人とか
本当なの?とずっと思ってたけど
エピソードは大人になってからも続き、
手術後目が覚める直前に見たのが、とてもとても美しいお花畑だった人 あんな美しいものは見たことがないと言ってた。
商売をやってる人は、足音が「たまに」聞こえるので、数十分前から人数が前もって分かる特殊能力の持ち主だし

私は、小学生の時、夜、有る小さなお店の前を通って、この家の窓って怖いっ ぞっとしたのね
今でもカーテンの柄が言える。
数時間後に、そこは出火

大人になってからは、子供の同級生のお宅をたまたま知って前を通ったのね。
なぜか凄惨な感じがして、背中がぞーーーっとしたのね
しばらくしてそこの奥様が旅立たれました。

大したことないエピソードをすみません
でも、なかなか背筋がぞーーっとすることは有りませんから。

あ、今は毎日違った意味でぞっとしてますけど。

晩年の父から聞いた話では
お婿さんに来てしばらくして、家から見えるお宅にお通夜の提灯がかかってた。
何も連絡が無かったのに、おかしいなと目をこすって再び見ると、いつもと変わらぬお宅だったそうだ。
あーなんてものを見てしまったのだろう、ともやもやしてたら
数日後、本物のお通夜の提灯がぶら下がることになったそうだ。

やだー ということは
私だけ、思い込みっぽい体験ね
遭遇したくはないけど、何にもないのは不服

は!大きなバッタを見たんだ。あれはぞっとした。

それはまた後ほど

PageTop

不思議だと思い込む話2

母の納骨の時、お墓までの道のりを皆で歩いていたら、石垣をのすきまから、
ヘビがニョロリーと出てきて引っ込んだ時、あ、母親だと思ったのね。

その後、娘と息子が小学校高学年の時?、三人でお墓参りをしたとき
竹藪のうっそうとした小道がずっと続いてた。 歩いているのはたった3人
そこを青と黒の模様の美しいアゲハ蝶が、ひらひらひらひら私たち3人の周囲を舞って、ずっとついてくるの。
おばあちゃんだね、と3人が同時に発したことば
きっとそう
思い込み激しいかな?

まあ虫の姿でも何でもいいけど、やはりドッキリはさせないで欲しいと思ったのは
父の晩年も晩年 介護帰省で家には二人きり
玄関と廊下を挟んで北側の部屋に寝ていた父 
南のダイニングの隣の居間で、TVを見ていた私と言う構図




ひどい絵っすねー
真夏で、サッシは開いてました。猫が自由に出入りできるように

何かふと気配を感じて振り返ると、矢印の方向にささ、ささ、と巨大な殿様バッタが移動中
父の部屋の方から来たの?それとも玄関から?
ぞっとするのが、田舎育ちの自分が、ついぞ見たことの無いサイズのバッタで、14、5cmくらいはあったか

怖いー!気持ち悪いー!
家の中で迷子になっちゃ困るから、そーーっと袋に捕獲して、台所の開け放してるサッシから、
もう迷い込んで来るなよーーーっと、ええいと遠くに飛ばすように暗闇に放したの。

で、やれやれと、パンパンと手を叩いて、TVを見ていたら、30分くらい経ってたかな
二の腕に蚊が止まったような感覚がして、無意識に手で払ったのね。パチンと
目はTVを見てるから

ん?蚊じゃなかった。腕になにかいる感覚で再び見ると、あの巨大バッタが腕から肩の方向に ずずずと移動中
目がばっちり合った。

ぎゃうーーー
そのバッタ、どうやって入ってきたのでしょう。まあ、サッシは開いててけど。
それも飛ばないし、速く移動しない。
飼い猫はどうした?

あれほど遠くに放り投げたのに、どうして再びサッシとテラスの段差をよじ登り、その上
なぜ人間によじ登り

慌てて振り払い、二度と来るんじゃねぇっと
再度捕獲して、遠くに逃がした。

今度はサッシをがしっと閉めた。


あれは、母親が我々のことが心配で出てきたんだと、勝手に想像してますが、
長々と不思議でもなんでもない話をすみません。
本物の不思議体験をしたことのあるかたが羨ましい。

でも、でも、怖かったんですー 
巨大バッタ

PageTop

お盆の帰省は苦行ではあった

子供たちが小さいころは、ベビーカーを畳んだり、途中に泣かれたり、オムツを替えたり
とても大荷物で移動し、喧騒の中での移動って感じだったのがつらかった。

その後も家を数日空けるから、観葉植物にお水を勝手にやれる、ペットボトルにつける
カラフルな口とかを買ったり、昔は金魚を飼ってたので、自動餌やり機を買ったり
家を空けるための工夫や努力が面倒だったわ

家を出る前は、火の用心OK?とかチェックも大変だしね。
帰宅したら電気保温ポットがついたままだった、とか
失態もわりとあったな~

生ごみも出しも、一、二回飛んじゃうので、この季節、きっちり口
をしめてしめて、何重にもガードして、帰宅して出せた時にはホッとしたりね。 毎回そう

また乗車率120%とかに耐えて帰るわけよ
自分の故郷ならペットがいたり、家が広かったり自然があったりといいけど、
もっと遠いところにある義実家に先に行って、いびられ
それも楽しいところならいいけれど、賃貸マンションの箱の中(今は行ってない)
行かないのが長すぎて、もう行けなくなっちゃった。

でも苦行に耐えても、いつもと違う環境を経験させることと、
可愛がってくれる祖父母に会わせることが、子供たちのためになったと思う。
ほんの短い間だったけれど

そうだ、何が言いたいかと言うと
移動するには気力体力が必要で、何よりお金がとてもかかるから
盆と正月に移動しないで済む人って羨ましいなーとずーーーーっと思ってたの。
何が悲しゅうて、一番暑い盛りと一番寒い盛りに移動って

ところが
なんだ~移動しないのも変化がないわね、と感じて

自分でもあからさますぎて、人間なんて随分自分勝手な生き物なんだと実感しました


しかし想像してみた
万が一子供たちが遠くに住んで、そしてまた子供をもうけたとして
このコンクリートの箱と、この親のもとに、苦行してまで帰りたいかと

たぶん 否  だ。


PageTop

田舎の土地は安い

確かに安いけれど、大きな道路が横を通り、平地で、周囲が住宅地になってしまった場所の
ぽつんと開いた土地は田舎でも結構するようだ。
山林、雑地になると二束三文だけどね。

きょうだいから電話があった。以前から雑草が生えて、周囲の住宅から苦情が出るので、
シルバー人材に頼んで草取りを頼んでいたけれど、費用もばかにならないし、
固定資産税も払い続けねば、だし、きょうだい皆が年を取って来てる(上は70前)こともあって、
手放すことを決めていた。
そこの売却の話が進みそうだと言う。

以前も書いたが、実家の解体費用とかをのけても、一人頭、まとまった金額が手に入ることになる
(こういうのを取らぬ狸の・・・・なのかな まだ売れてない)

中途半端な金額だけど、無いより断然マシだ。 息子の将来のお金には足りるはずもないが
大事な大事な老後の虎の子にするつもり
ずっと売らずに次代に回してくれた親の努力には報いたいからね。

(不安が一つ   この、「親が残してくれたお金」が、義実家二人の介護費用に回ってしまうこと
それだけは絶対に避けたいけど  いや避けねばならぬ

しかし、売れそうな金額などより嬉しいことがある。

父はお婿さんだったから、母の死後、妻のものばかりだったものを相続するとき、
使えそうな土地
ずべて共同名義ばかりにしたようだ。
私は子供が幼かったので、帰省せず、事後報告を受けただけだ
こんなややこしいこと、先々どうなって行くんだろうといつも不安でいた。
 
子供のいないきょうだいたちが、もし先に亡くなって、その配偶者が次に相続する、
その配偶者が亡くなると、あちらの甥か姪に行く。
うちの子どもたちと、顔すらも知らない人たちとの共同名義になったりしたら、
印鑑をつくのも大変だろうし
一番心配だったのは、今後、判をつかねばなら無い時に、
息子が行方不明で、娘が途方に暮れることだった。

ありえる


その心配が一つ消えると思っただけで、心底ほっとしてる。
ややこしい土地は足かせだから(売れてから言おう・・・)
共同名義の土地はまだあるので、今後どうにかしないと
同じ不安をかかえたままだ。 でもまあ、一つ減っただけでも一歩前進
 
すっぱり分ければ良かったんだよ。今更だけど、

きょうだい曰く、先日お墓参りで、熱中症にかかり、死んでたかも、と
実家のお墓(一基だけじゃない)の掃除や草取りを一人でしていることを
何度も不快だと言ってきてたから、矛先は、都会に住むきょうだいたちに向かう。
確かに大変だと思う。申し訳ないとは思う。でも、住む世界が違いすぎる。
1000km離れたところから、頻繁に墓掃除に帰って来てる知人のことを、
引き合いに何度も出されるがきょうだい関係がいいからじゃないの?
とは言えなかった

こちらの言い分もある 近くに住みながら、うどん一つ茹でやらなかったじゃないか
お風呂にも入れなかった。(最晩年にたった一度だけは入れたようだ)。
遠方から介護に来た人が入れていた。
掃除もしてやらなかった。ゴミをまたいで上っていた。
親の近くにいて恩恵を受けることが多かったはず、と言ったことがあるが
激怒したから図星だ。
親の総ての力を注いだきょうだいの成れの果てだ。


電話で、墓じまいの話になった。 
大金をかけてそうしようとしてるのに、私は一からお墓を作らなきゃならないのは
なかなか理不尽な話だね、と言った。

あとでメールが来た。
考えたがお墓はやる、と
年に4回掃除してくれたら


嫌味で言ってるのが丸わかり

ああ そんなことしてたら、交通費の蓄積だけでお墓が買えるわ

親の家に行くのに、交通費がかからなかった人の考えることは
とうてい理解出来ない。

PageTop

モノを捨てなきゃ

焦ってる。
今流行の(?)価値観が一番しっくりきてる。

田舎で幼い頃に住んでた家は、田の字  あとは土間ね。
外に井戸やなまこ壁の土蔵や、長屋と言われる建物に、五右衛門ぶろに、ぽっとん便所など
ああ、怖かった~夜が。 気の遠くなるほど遠かった便所 井戸の横を通るから恐怖

屋号もあったみたいだ、〇〇屋とかね
その庭に40数年前に新築の家を建てたものが実家

家付き娘で、家を出たことにない母の価値観は大変偏っていて、
最後まで、自分はずっと級長だったから、エヘンと半径1kmの世界で生きて来れた
ある意味幸せであり、ある意味不幸な井の中の蛙。
都会の風は父親が吹きこんだくらいだ。

その和風建築の中も、モノが多すぎて、少しは減らしたらどうよ、と
食器は使うものだけにしようよ、と
親が60代中盤になったころ、声を掛けてきたのに、
〇〇さんちはもっとずらーーーっと食器が並んでる、とか
〇〇さんちは何々をたくさん持ってる とか
聞く耳を持たなかった。特に末っ子の言葉など問題外 それも30代の小娘?だし

その結果
何も処分されないまま、になった。

そういう我々も色んなものに翻弄されて来た。
今じゃお笑いのバブリーな時代も、カントリー調も
ベランダでガーデニングも、イギリス風の庭づくりも、
北欧風も、(いやこれは好きだが)、作られたブームもあるよね
つまり、随分遠回りしちゃったけど
本来人間はそんなに物が要らないよね?と気づけたことは良かったなーと思うのだけど
これも作られたブームか

これだけは定着して欲しい気がする

PageTop

苦手でたまらないきょうだいがいると憂鬱

実家と同じ市内に、苦手なきょうだいがいて、今まで書いてきたのは
介護の時のお粗末さとか、相続の理不尽とか、お墓参り関係強要とかだ。

とにかく合わないし、その横暴さに、私は年端もいかないころから晒されて育ったのかと
自分を可哀想に思ったことが有るのね。

あちらはメールは出来ないから、いつでも携帯に電話をかけてくるんだけど
こっちは自分の生活時間帯に、ずかずかと電話で割り込まれる気がしてきて、
最近じゃ、不快でたまらないのね。 好きな時間にしてくるし

一昨日もそう。
息子の心配をしてくれてるのは有りがたい。けど
で、田舎に良い病院があって、その先生が、都会のいい病院を紹介してくれるみたいだから
一度、こちらに来て、診察を受けてみたらどうだと電話
いつまで今の状態でぐだぐだしてる、ここらでズバッと決めたらどうだということ
可愛い甥っこが心配だ。うちは子供が居ないから、唯一の血縁だから、気になる、と

こちらも手をこまねいて見てるわけじゃない、だけど、病院を変えても
治るものでもないと言ったけど
それに、田舎から都会の病院を紹介してもらうって、逆輸入みたい

で、夫は飲み会から帰宅後すぐだった夜中だったので、旦那に代われと言われたので
渡したら、夫は機嫌よく、受けた電話に応対して、そうですね、気分転換も兼ねて、いいですね、セカンドオピニオンとか
言っちゃってる。

で、携帯が私に戻って、何かの話から、もうそちらはおばあちゃんだし、と言ったとたん
激怒され、
ああ、もうやめた、紹介する気も起きなくなった!

でも、70前って、おばあちゃんの年じゃないの?と言うと、ますます火に油を注ぐことに

まあ、私もおばあちゃんみたいなものよ、とフォローしたけれど
ガチャリとされた。


して、今日、電話があった。
師走は忙しいからダメだが、来年早々、こちらに来たら連れて行く、と

そうね、〇〇も小旅行みたいで気分転換になるかも、
と言ったとたん
何が気分転換だ?こっちは必死でやってること、何が旅行だ!

と、昨夜、夫は、気分転換と言う言葉を使って会話したら、あちらは、そうそうと同調してくれたそうだ。
なのに同じ言葉を使った私には、かみつくのだよ。

夫曰く、普段からのお互いの関係性が表れてる。長年の確執

そうだろうね、と後で納得したけれど

そしてあちらから出た言葉が唐突で、

それから、おばあちゃんとはなんだ こちらは一生現役でやって行くつもりだ やることがいっぱいあるのに
だから人のことをおばあちゃんと言うな

(ひえー昨夜の話の続き?)

あんたもおばあちゃん、ひゃひゃひゃ

私:はいはい じゃ、そういうことにしといて(と、こちらは収めた)

おばあちゃん  これを言いたかったんだな なんて幼い70歳前の女だ

大昔、都会の短大に、家族の前で、ファッションショーをした後行った人だ(つまり、親が金銭的にも力を一番注いだということ)
一晩じっと、一番末の妹に、何か嫌味を言ってやろうと考えてたんだろうと思ったら
ぞっとした。


意地悪ばかりをされた悲しい成育歴を思いだしたと共に
こういう人間に、実家関係の書類、共同の通帳だけでなく、何もかも握られていて
こちらはあちらの許可が無い限り動けないことが、今の人生のネックとも言えるなぁ

何か言えば激怒するし
自分の思い通りに全てを運ぶ


同性が怖いのは、こういう育ちも少しは影響してると思うな


そして、70歳前はおばあちゃんではないのだな??
どこからがおばあちゃんだい

PageTop

田舎の病院の評判を調べた

夫が会社の休憩時間に調べたのか、きょうだいが息子を連れて行くと言ってた心療内科
の評判を送ってきた。

結構ひどいね
やっぱり人口が少ないと、そこしか行くところが無いから、
横柄になるし、独占企業みたいになっちゃうのかもと思った。
院長の人格がどうも良くなさそう

だからセカンドオピニオンだかなんだか、そこに行って、また都会の病院を紹介してもらうなんて
やだな、と思ってたところに、電話があった。
それも揚げ物をしていた時に。 
おばあちゃんと言われて腹を立てたのか、翌日私をおばあちゃん、
と言うために電話してきたきょうだいね。

土地の件、飛び回ってて大変 そちらは振り込まれるだけだ。とか
毎回、お墓掃除のことも、実家の仏壇にお線香をあげることも、アピールしてくるけれど
掃除もしてない廃墟に線香をあげてどうするのだと思う。
冷蔵庫もそのままとは、と、やはり一度も親のためにご飯も作らなかった人だけある

そういう話じゃなかった。
この前聞いた病院は評判が悪そうね、と言った。

評判が悪いと言ってるなら紹介は出来ない。もう連れて行かない。
まあ、そっちでせいぜい今のまま進歩もなく、生きて行け

まとめると、こんな感じ
ああ、思いだした。こうやって私は育ったのだ。こういう激しやすい、極論に走る、
年の随分離れたきょうだいにやられっぱなしで、幼い時だから辛かったのだろう。
遠距離介護に行ってた時にもトラブル続きで、
今まで可愛がってきてやったけど、憎いきょうだいの子どもだから、同じく憎いと言ったほどだ。

向こうがまだ話してる途中 終わりかけだけど、ボタンをプチと押した。
初めてのことだ。
いいのだ
今まで、自分の要件が終わると、こちらがまだ話してる途中でもガチャリと切る人だった。
生前の父親でさえ、ぼやいていた。
相手が切る気配がしてから受話器を置くもんだがな、と

まだまともだった父の前で、きょうだいの不足をあげつらって文句を言うと
もう放っておいてやってくれ。 あのまま死なせてやってくれ
そう言ったのだ。
親だからよくわかってた。人間は変わらないってことを

夫は夫で、もうやめてくれ、俺を巻き込まないでくれよ、 もし前のように俺に替ってくれと言われても
居ないといってくれ
相性の悪いきょうだいなんだから、縁を切るなりしてくれ

そうしたいとしても、判を押す場面がまだまだ出てくるから無理よ

もう何十年とそういうトラブルを見せられて、夫もいい加減嫌になってるようだ。

もしかしたら私は、些細なことで
自分で息子の将来の可能性を潰してしまったかもしれないが

PageTop

田舎の土地を売却してもらった

4名の共同名義だった土地が売れたらしい。

後々ややこしくなりそうな土地ではあったが、これで心配が一つ消えた。

思い出深い場所で、元々田んぼだったところだ。地上げしたら、税金が高くなったので
名目を畑に変えていたところだ。 あそこに何軒も家が建つのか・・・・
昔、田植えをしている親のそばで尻もちをついてたかな?幼い自分

そこが、とうとう人に渡ったのかと、なんとなく悲しい気分である。
私の生まれ故郷とのご縁が一つ消えた、から
これから、どんどん消えて行くのだろうけど

戸籍抄本や印鑑証明やら送ってしばらくして
司法書士さんからの連絡があったりと、しばらくそういう動きだったが
土地を買う業者が焦っていたのは、とにかく早く家を建てたい人が一人いたそうで
早々と不動産やから入金があったそうだ。
それを、解体費用など差し引いた金額を、人数できっちり割って各自に振り込まれた。

人生を変えるような大金ではない
七桁止まりだ。

でも、一朝一夕で貯められるような金額じゃない。


親が死守してくれたことに感謝して
どうにか、これが1円でも多く子供に渡って、
子供の人生を延ばしてやりたい。

しかし、売ったことによる税金は後から来るので払わねばならないが
持ってても税金 売っても税金 何でも税金

生きていくのは結構つらいねぇ


前も書いたが、
自分の親が残してくれたお金を
義両親の介護費用に回したくない

絶対にそれだけは御免こうむる

PageTop

入金されたがまた見てない

振り込んでくれたきょうだいは、子供がいないし、義実家に二人で住んでいる

家を建てないで済んだ口だ。
だから、義兄はゴルフ三昧だし、高級車に乗っている
きょうだいは50年、同じお稽古事を続けているし、田舎ではあっても
外食の店を物凄く知っている

売ったお金も、自分たちの老後に使える。お墓も買わないで済む
先祖代々の物があるから

それに引き換え、将来自活できるか分から無い息子はいるし、
自分のお骨を入れる場所は自分で調達しなければならないし
同じ金額とはいっても、随分感覚が違うだろう

動いてくれたから、お礼をしてくれと、言われたから、モノを贈った。
その件できょうだいから電話があったけれど
子供が居ないのだから、そろそろ自分の家も片付けてくれと依頼した。
誰が片付けるの?うちの娘?
それは可哀想だから、一日一個でもいいから何かを捨てて行ったらどうよと
電話で話した。

切ったばかりなのに、また電話があるから、
捨てたかぁー?
と第一声で言うと、義兄だった。

まあ、お礼は言っといた。
今から片付けるように言いました。実家もああいう状態だから
後々困るでしょ?
のようなことを言うと

そちらは小さい箱の中だから、捨てないと、すぐゴミ屋敷になるだろ?
うちは入れるところがあるから、しょうがない(標準語に翻訳済み)

みたいな返事
70超えで、夫婦二人だけで、のんきな話だなーー
嫌味を言ってる場合かよ、ほんと

介護に行ってた時も
そちらは家が小さいのだから、やることが少ないだろう、とか
つつくところはそれだったので
またか、義兄
かちんと来て

大きな一戸建てでも、簡素にモノを持たないで暮らしているうちはごまんとありますよね

などと言ったが堪えないよね

義兄
もし捨てるなら、その前に、実家に〇〇の衣類を持ち込んでおくから、欲しいものを持って行けばいい

いやー要りません。自分のものすら必死で捨てて行ってるのに、
要りません⤴人のものは必要ありません⤵

無下に却下して差し上げた。
気分悪いだろう、きっと

(衣装もちだけど、要らない。義兄から、二階の座が抜けるかもと冗談で言われてたくらいだ。
お稽古ごとをしていたら増えるものだけど、自分には必要ない。)

義兄はどうしても上から目線で話したいらしい
まあ、話したらいいよ、こちとら、夫は何も(家も土地も墓も)持たない家育ちだったから


無人の実家には泊まれないとしても
どうして、一緒にも旅行もしない、家にも寄り付かない、
地元で同窓会があっても、拠点にすることができることすら頭に浮かばなかったほどのご縁の薄さ
なぜ寄りつかないか、考えてみたらいい。

もう今さらね
きょうだい皆が別々の人生を歩んで40年とか50年とか経つと
その間、付き合いが密かそうでないかは、相性にかかってるし、
もう今さら修復も出来ない。
この世にきょうだいとして生まれたご縁は大事にはしたいけど


最近毒がありすぎて
自分の毒にやられそう
・゚・(つД`)・゚・

PCは奇跡的に立ちあがったので、書いてます

PageTop