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どんぶり勘定のアラカン主婦の日々

気ままに綴ります、おばさんライフ

外食をしてないと枯れてくる

気持ちが、ね。

西川美和さんって作家さん?なのでしょうか
その方の文がすっと入ってきたことがあって

学生時代に、母親が上京してきた時に、居酒屋チェーン店に連れて行って、
 ザ・居酒屋メニューのようなものを食べさせたら、
しきりに美味しい、美味しいと言う母親を不思議に思ったそうで


『ただ黙ってすわっていれば、他人が次々と食事を作って運んでくれることの
<旨み>を噛みしめるように味わっていたのだ』


と、その時の母の様子を表現し

その後、あることから、自分がそれを体験することになり
自分が何を食べるか一度も考えずに済む日は少ないことを実感し、

『そろそろご飯ですよ、と言われて席につくと、誰かが作った食事が
湯気を立てて並んでいることの安堵感に意表をつかれる』
と書いている

ああ、これこれ、これだ、自分が欲しいもの、欲しい一瞬はこれだったんだ
と思ったのね

親亡き後から、つまり30代半ばから自分の作ったものを食べるばかりで、
欲してたのだな、きっと
そういう甘やかな瞬間ってのか

その代替品にはならぬが、外食ってのは、それを疑似体験できるんだろうか?
もちろん非日常を味わえる高級品とかもあるだろうけど、
ちょっとその辺の外食でも、幸せになれる瞬間があるんだろうな

また今年も外食は殆どしないんだろうな


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入金されたがまた見てない

振り込んでくれたきょうだいは、子供がいないし、義実家に二人で住んでいる

家を建てないで済んだ口だ。
だから、義兄はゴルフ三昧だし、高級車に乗っている
きょうだいは50年、同じお稽古事を続けているし、田舎ではあっても
外食の店を物凄く知っている

売ったお金も、自分たちの老後に使える。お墓も買わないで済む
先祖代々の物があるから

それに引き換え、将来自活できるか分から無い息子はいるし、
自分のお骨を入れる場所は自分で調達しなければならないし
同じ金額とはいっても、随分感覚が違うだろう

動いてくれたから、お礼をしてくれと、言われたから、モノを贈った。
その件できょうだいから電話があったけれど
子供が居ないのだから、そろそろ自分の家も片付けてくれと依頼した。
誰が片付けるの?うちの娘?
それは可哀想だから、一日一個でもいいから何かを捨てて行ったらどうよと
電話で話した。

切ったばかりなのに、また電話があるから、
捨てたかぁー?
と第一声で言うと、義兄だった。

まあ、お礼は言っといた。
今から片付けるように言いました。実家もああいう状態だから
後々困るでしょ?
のようなことを言うと

そちらは小さい箱の中だから、捨てないと、すぐゴミ屋敷になるだろ?
うちは入れるところがあるから、しょうがない(標準語に翻訳済み)

みたいな返事
70超えで、夫婦二人だけで、のんきな話だなーー
嫌味を言ってる場合かよ、ほんと

介護に行ってた時も
そちらは家が小さいのだから、やることが少ないだろう、とか
つつくところはそれだったので
またか、義兄
かちんと来て

大きな一戸建てでも、簡素にモノを持たないで暮らしているうちはごまんとありますよね

などと言ったが堪えないよね

義兄
もし捨てるなら、その前に、実家に〇〇の衣類を持ち込んでおくから、欲しいものを持って行けばいい

いやー要りません。自分のものすら必死で捨てて行ってるのに、
要りません⤴人のものは必要ありません⤵

無下に却下して差し上げた。
気分悪いだろう、きっと

(衣装もちだけど、要らない。義兄から、二階の座が抜けるかもと冗談で言われてたくらいだ。
お稽古ごとをしていたら増えるものだけど、自分には必要ない。)

義兄はどうしても上から目線で話したいらしい
まあ、話したらいいよ、こちとら、夫は何も(家も土地も墓も)持たない家育ちだったから


無人の実家には泊まれないとしても
どうして、一緒にも旅行もしない、家にも寄り付かない、
地元で同窓会があっても、拠点にすることができることすら頭に浮かばなかったほどのご縁の薄さ
なぜ寄りつかないか、考えてみたらいい。

もう今さらね
きょうだい皆が別々の人生を歩んで40年とか50年とか経つと
その間、付き合いが密かそうでないかは、相性にかかってるし、
もう今さら修復も出来ない。
この世にきょうだいとして生まれたご縁は大事にはしたいけど


最近毒がありすぎて
自分の毒にやられそう
・゚・(つД`)・゚・

PCは奇跡的に立ちあがったので、書いてます

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