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どんぶり勘定のアラカン主婦の日々

気ままに綴ります、おばさんライフ

本の断捨離

買ったものを捨てるのは痛みが伴う

しかしもう何年も新刊本など買ってないし
映画も見ない、ドラマも見ない 新聞と生活雑誌とネットだけでは
教養を身に付ける生活とは、対極の生活をしていることになるのだろう

いけないと思いつつ
許容量がもうない。

まだまだそんな年じゃないと言えるけど
興味の対象が違ってきている


町田先生の本も、もうご本人も亡くなったし
羽仁もと子系 つまり婦人の友系も、自分にはもう良いかなと思い
手放すことにした。
アーユルヴェーダ系の本も

そういえば青山さんとかサイババの時代だったよね
シャーリー・マクレーンのアウト・オン・ア・リムなどもあったな~


本の世界でも様子が変わって来たでしょう。
収納の達人の近藤先生は最近みなくなり、その代わりに
断捨離系の方々が活躍されたりと、世も流動的

その流れを長年見て来たからこそ
取捨選択の能力も上がり、自分に必要であるかないかの判断がつくのだろう
さすがに自分のことは分かって来た。


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さよなら

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紙系の捨て作業

我が家に多いのは、私の雑誌切り抜きなど、紙系だ。

捨てればいいのに、雑誌の中でもまた見たいものがあったりすると
他はばりっと破って捨てるが、残すものは表紙をそのままくっつけて、薄い雑誌として
保管したりしている。


一番多いのは料理

新聞の切り抜きもあるし、雑誌切り抜き、生協カタログ系の切り抜きで
ひっくり返っている。

先週はそれらの第一弾の捨て作業をした。


今後、第二弾第三弾と進むたびに、少なくなっていき少数精鋭となるはず

料理本も何冊もあるから要らないはずだが、私が作るものは
切り抜きから定番となったものもあるので、小さな切り抜きも見過ごせない。

捨ててわかったことは、料理の変遷があること
昔にはタッカルビなどなかったし イタリアン系も少なかった
レンジでチンで済むものも最近の傾向だろうし、糖質オフに至っては
ほんのこの数年じゃないかな

だから旬ってものがあるのね、料理にも


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しかし、ただ仕舞ってあっただけでは、死蔵品であり、ただの紙ごみ

あと何年料理できるかわらかないが、今のままではいけないと思っているのは
ワンパターンで落ち着いているからだ。

料理など何万種類、いや何百万種類、人の一生で作り尽くすことなど不可能だから
せめて死蔵していたレシピの中から、美味しそうなもの、今までと色が違うもの
最近の料理などなどを加えて、出直したく思って、捨てる前の取捨にかかっているのだ


それも料理一品だけでなく、献立の組み合わせも人によって違うから
そんな記事も捨てられない。
婦人雑誌の付録も捨てられない。

ああどうしよう

とりあえず第一段階を終えた。あと数回繰り返すつもり

この前予定していたように、電子ピアノの上や下が、自分の物置になっていたので
楽器を和室に移し(狭いのに)、今まで乗っかっていたものが入る家具を、ベルメゾンで注文した。

設置費も入れたら、二つで6万を超えた。
カラーボックスに毛が生えた程度のちゃちさなのに、一つの設置料が7千円だからそうなった。
(もう組み立てる気力がない)(ドライバーで手に穴が開くことがあるのよね)

それに収まる量が私の料理関係、その他の切り抜き、雑誌置き場と決めようとしている

断捨離は進んでいるが、ばっさりと行けないのが自分の弱点だ。

まだまだ情報を必要としているからだ。

久しぶりに見つけたのは
大原照子(おおはらしょうこ)先生の大昔の姿

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少ないもので暮らす本を書かれていたけれど、料理研究家として
大活躍しておられたころなんだね。
晩年は白髪のおかっぱ頭でいらしたけど、このあたりはゴージャスですね
このお嬢さんも今やアラカンくらい?

人間はいずれ老いて行くんだよな~


それから、自分がもう手を出さないものも処分した

若い頃はヘタながらも、レースで花瓶敷きを編んだり、子供のスカートを縫ったり、自分のセーターくらいは編んだり
していたが、肩下がりでいらっとして、それが無いものを編んだりとかね
ゴム編み止めだったか、きいぃいいいとなったりね

とにかく手作業は自分に向いてないことを悟ったし
それが喜びでもない
今後することはない

娘も一切しないし興味もないようだ。



かぎ針編みの切り抜きだけは、やれそうで残しておいたんだけど
捨てる

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自分の人生から捨てる、

なんてオーバーな
そして風情の無い人生よ

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