FC2ブログ

どんぶり勘定のアラカン主婦の日々

気ままに綴ります、おばさんライフ

親のオムツ

娘には言ってある。
あなたは親の便を見ないで済むことは無いと思うと。残念だけど
どこかに預けても、それまでに数度はかならず遭遇するからと

自分でも自信がない。ぼけて畳に刷り込むかもしれないし

子供なら良い。這えば立て、立てば歩め・・・・だが、老人はその逆を行く。
歩いていたものが、つえを必要とし、つぎはハイハイ 最後は寝たきり
6年で見た地獄は忘れられないし、遠くにいることでもどかしさを感じたものだ。

悲惨な思い出を
これを言うと、自分の50代はかなり悲惨

実家そばにいたきょうだいが、ほとんど何もしなかったことで、残りのきょうだいが出来る限り遠くから参戦したが
オムツになった親が、介護は呼ぶな、他人は家にいれるなと叫ぶ地獄
とうとう地域総括センターに助けを求めたのは、遠くにいる自分だった。

まだオムツになる前、ゴミ屋敷となった家を掃除し、(ウジとの遭遇ばかり)
入浴出来ない男親をよろよろしながら支えて入れて、
布団干し、失敗した便付きの服をシーツを毛布を洗い、三度食べさせて、などをしてるとき
きょうだい夫婦がやってきて、(私が掃除したからやっ玄関に上がれる状態)
こうやって強引に帰ってきて、強引になんでもやるから、うちが何もしてないように見えるじゃないか
と言われた。

強引を二回言ったぞ?ブチッ
亡父にそれを言われたというと、あちらは何もしてないと言ってたぞ
?親は頭が皮膚病にかかってた。不潔でいたからだ。 持田製薬の高いシャンプーでなんとか治した。
私たちが自分ちを数日放置して帰って重労働してるのは、見るに見かねてだったからだ
息子が大学入試直前の一月あたりから帰るようになったのは、あのままだと親は殺されてしまうと思ったからだ。

遠距離介護6年のうち最後の一年は、仕事をしてる娘を、土日一緒に行かせて手伝わせるということもあった。年頃の娘を労働させた。 
一人では太刀打ちできなくなってきたから
玄関先には、きょうだいが買ってきたと思われるすきやの持ち帰り弁当が二個重ねてあって、
真夏なので、糸を引いてたのを見て泣いた娘
土日は来ないので、きょうだいが二日分を置いて行ってたのだ。それがハイハイがやっとの老人の食事

その後、縁が切れたに見えたが葬儀あたりでまた修復した。
そして、今度は、実家そばにいるのに、ゴミ捨てもその後の何もかもを放置
なので今は廃墟状態
菩提寺に言われたからと、土地を自分が8割を相続したから、と実印をつくようにと書類を送ってきた。
文句を言うと、なら自分が全部しろ!、法事も、墓掃除も、何もかも、自分は抜ける
そういわれれば遠くに住む身は黙るしかない。

子供のいない夫婦だから、8割相続したということは、自分が先に死ねば、配偶者の甥とめいに行くのを知ってますか?

そばにいる身と、遠くにいる身
立場が違えばどちらも言い分があるだろう。

遠くにいるのに口を出すなと

近くにいることで、今まで恩恵を被ることが多かったはずと言えば
激昂されたこともある。
話し合いにならない。会話にならない。

法事が憂鬱だ。
関連記事
スポンサーサイト



PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する